フリーvsマネーフォワード特許訴訟から~イノベーションと市場と知財戦略

だいぶ、いまさら感がありますが、クラウド会計サービスを巡ってフリーがマネーフォワードを特許権侵害で訴えた事件(2016年訴訟提起、2017年権利者フリーの敗訴で終了)をおさらいしていました。

 

フリーは「独自技術を守りたかった」(https://japan.cnet.com/article/35104918/)。

 

問題となった機能を搭載したサービスはフリーが2013年にリリースしているのに対し、マネーフォワードは2016年にリリースしたそうです。開発期間などを考えると、マネーフォワードがフリーのサービスを知って、似たような機能を作った、つまり、真似したといわれても仕方なく、フリーが真似されたと憤る気持ちはわかります。

 

とはいえ、訴訟ではフリーはあっけなく負けており、その戦いぶりは知財をやってきた人間からするとあまりにお粗末に見える(https://japan.cnet.com/article/35104879/)のも確かです。フリーは「安易な模倣に対する問題提起できたので訴訟した意義があった」と言っていますが、こうまでお粗末な負け方をするくらいなら、訴訟するよりメディアに訴えた方がいいんじゃないかと私は思ってしまったりします。

ちなみに、私はフリーはどこかで聞きかじった「米国流」の「特許訴訟で脅す」をやったんじゃないかと勘繰っているのですが、これは、MBAなどで米国流をお勉強はしたけれど日本の特許実務、もっと言うと日米の特許を巡る文化風土の違いを知らない人がやりがちなことのようにも思っていたりします(どういった違いがあるのかを知りたい人は、下の【おまけ】をお読みください)。

 

とまあ、フリーvsマネーフォワード特許訴訟については立場や知識の違いなどでいろんな主張があるわけですが、「スタートアップにとって、特許対策をしておくことは転ばぬ先の杖」という主張(https://weekly.ascii.jp/elem/000/001/884/1884611/

もまた「立場が変われば主張が違う」の例だと感じます。この記事を書いた弁理士さんは存じ上げており、彼の経歴や今のお立場からすると「出願しておこうね!」という主張になるのも頷けます。

 

ということで、こうしたさまざまな主張はいずれももっともなんですが、20年間、知財専門職としてイノベーション政策、知財政策、そして知財組織・実務の変遷を見た挙句、どういうわけか昨年から大学発ベンチャーのCEOをやってる私の主張は「いや、特許戦争してる場合じゃないのでは?」となります。

というのも、安高さん(前述の記事を書いた弁理士さん)が紹介されているように、会計業界で、会計ソフトを使ってる(デジタル化している)顧客は34%。つまりやっと、デジタル化がアーリーマジョリティに受け入れられつつある状態の中で、クラウド会計の導入者は5%に満たず、デジタル会計市場は会計ソフトの弥生会計一強だとか。

それって、マーケット戦略的に考えれば、ここは少なくともイノベータ事業者(フリーとマネーフォワード)は新機能を真似るだ真似られるだでケンカするより、協力してクラウド会計ソフトのユーザ拡げる努力する、なんなら弥生さんも一緒に、会計のデジタル化推進するようにしたらいいんじゃないかなあ、と思ってしまったりします。

 

私がこんな”主張”を持つようになった背景には、自分がベンチャー企業の経営に係るようになり、ベンチャー同士が小さな初期市場の中で少数のイノベータやアーリーアダプター向けの技術開発を競うけれど、誰もメインストリーム市場を制することを考えてなさそうに見えることがあります。

自分がベンチャー企業に関与するようになり、どうもイノベータ事業者同士はマジョリティからはわかりにくい差別化を一生懸命、競うけれど、いろんな意味で米国と違う日本において、世界に伍するベンチャーを出現させるなら、初期市場のプレイヤー同士は競争するより協創すればいいのに、、、という思いでいます。

 

ちなみに、基本が知財専門職である私。いま関係している会社の知財戦略は、競争ではなく、協創。果たして、策略が功を奏するかどうかは、もうちょい時間が経たないと判明しませんが、ベンチャー企業のど真ん中で「新たな知財戦略」の開発に挑める機会なんてそうそう恵まれるもんじゃない、と自分に言い聞かせながら、「失われた30年」の経済社会、産業/イノベーション政策、知財政策、知財業務の過去と現在を整理して、自分のチャレンジに活かしたいと思う今日この頃。

 

【おまけその1】日米特許事情

米国では1980年代の政策変更(プロパテント政策)以後、ビジネスの世界では特許を使って商売敵の商売を潰したり邪魔したり巨額のお金を巻き上げたりすることは、いつでもどこでも起こりうるビジネスリスク、それも訴訟を提起された瞬間から巨額のお金が動くので、それなりのビジネスをやるのであれば特許の読み書き、使い方は知ってて当たり前の世界です。

けれども、日本で起こる特許訴訟は毎年約150件。毎年5000件もの特許訴訟が起こっている米国の3%に過ぎず、権利者が勝つ確率も米国の半分(日本20数%、米国40%程度)、損害賠償額は2桁違います(米国は数百億円レベルはざらで数億~数十億は当たり前なのに対し、日本は数百万円から1000万円もあればなんとかなる)。

これだけ大きなお金が動くのですから、関与する人材の数=厚みも経験、知識、スキルも日本と米国とでは段違い。

 

ついでに言えば、米国では紙ぴら一枚程度の書類で特許訴訟を打てば、相手方は莫大な費用をかけて応戦せねばならず訴える側の負担が少ないのに対し、日本は訴える側は相当の準備が必要なのです。

簡単に言えば、日本では特許侵害がビジネスに与えるリスクは、確率的にも金額的にも小さい(訴えられても大したことない、訴えた側の利益は少ない)のに、訴えるための準備は大変。

それでも、他社が特許持ってる技術はマネしないという不文律がある業界であれば特許取っておけば真似されないというメリットがありますが、「他社が特許取ってないかどうかを確認して、他社の特許があれば真似しない」なんて文化風土、今日明日にできるもんじゃないですから。そういう意味では、フリーさんの「特許取ってる技術を真似するな~!」という訴訟には、「他社の特許を尊重する」風土づくりの第一歩として、やっぱり意味はあるのかも。

 

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【おまけその2】

Japan as No.1だった1980年代からの40年の日本の国際競争力(グラフの中のオレンジの線)の推移と、米国の動き(黒と青の▲印)、日本の政府、省庁の政策、民間、弁理士会、大学の動き。

 

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私がとある仕事で調べたところでは、米国のベンチャーは、概ね設立後5年くらいから特許を確保しはじめています。それもどうやら自社で特許出願するだけでなく、他社の特許を買ったりしている模様。察するに、初期市場で頭角を現すなり、ある程度行ける、と判断されたベンチャー企業には、事業戦略を担う戦略のプロが張り付いてメインストリーム市場を独占していくために必要な人・技術、それらを持つ企業を丸ごと、呑み込んでいくんだろうな~と思います。

そういうやり方がいいか悪いか、好きか嫌いかはともかく、気まぐれでこだわりの薄いマジョリティ相手のメインストリーム市場を制していくなら、MBAでおなじみポーターの競争戦略に基づいて市場独占に動くのは一つの定石。

でも、イノベータやアーリーアダプターを相手にしている初期市場にいるのなら、事業者が協調して旧市場(例えばアナログな会計)に対する新製品(デジタル会計)の「正当性」を獲得して、「組織エコロジー理論」に沿って死亡率の低い市場を創ろうとしたっていいんじゃないかなあ、とか思うんです。

そのために、知財を使ってみたいなあ、と思うんですけど、まあ、まず、理解してもらえないので、理解してもらうところから頑張らないとな。