ノウハウ/知的資産の伝承~知財制度と徒弟/家元制度

先日、「人が集まる場づくり」のプロだと私が感じた方3名とお話する機会がありました。

私もちょこちょこと人を集める活動をしてきたのですが、その方々とお話して感じたのは、圧倒的な経験の差に基づく「ノウハウ」の有無。私が「人を集める場」を作ったのはせいぜいが20回程度であるのに対し、彼らはそれぞれ3000回くらいは「人を集める場」を作ってきたと思われます。

自分が猪口才に「人を集めよう」としてきただけにわかるのですが、「人が集まる場」を作るというのは実は至難の業。遊び半分に人を集めようとしたことがある私に対し、彼らは本気で「人を集める」ために試行錯誤を繰り返し、その積み重ねが一定数に達する頃、「人を集める」ためのノウハウを保有するに至ったのだと感じました。

こうして彼らが試行錯誤を重ねて培ったノウハウの中には、「教えてもらえばできるようになること」や「どうやってるかを見ていればできること」があります。そして、こうした「教えてもらえばできるようになること」「どうやっているかを見ていればできること」は、教えてもらえば、見せてもらえれば、彼らが積み重ねた試行錯誤を少なくとも部分的にはショートカットすることができるでしょう。

ということで、彼らがやってることを「やりたいな」と思う人が増えれば、彼らがやってることを見て「見ていればできること」を真似る人も出現してきます。

「学ぶ」の語源は「真似る」と言われ、先人がやっていることを真似ることは「重複した試行錯誤」を減らして人類社会を進歩させることになります。

とはいえ、真似られた先人からすれば勝手に真似られるのは必ずしも愉快なことではありません。特に勝手に真似て、勝手にアレンジして、なんか違うものにされ、評判を落とされ、それでいてぼろ儲けなんてされれば、誰だっていい気はしないでしょう。

 

だからと言って、真似られないように先人が「ノウハウ」を見せないようにする=隠すと、「いいな、やりたいな」と思った人は先人と同じように試行錯誤しないといけなくなり、社会の進歩は遅くなってしまいます。

そこで産業革命の中で、特許制度に代表される知的財産法が制定され、先人がノウハウを公開する代わりに「無断で真似させない」権利を与えるようにしたことで、いろいろな人が獲得したいろいろなノウハウが公開され、いろいろな人が利用することで欧米を中心に産業が急速に発達しました。

 

一方、日本では明治になるまで特許制度は採用されず、ノウハウは長らく家伝、徒弟制度や家元制度といった、特定の関係性を持つ人同士の間で伝承されてきました。

家伝、徒弟、家元制度(以下、「特定関係での伝承」)は、言語や数値などで誰にでも客観的に伝えられる知識・情報(形式知)を保護対象とする特許制度とは違い、知識・情報を取得するlearning以上に、技能の習得が重視されます。技能の習得は、体を動かした実践活動(doing)であり、一定の時間数の積み重ね(稽古/修行)が必要で、その積み重ねの時間の中で先人と学ぶ人(子弟)の関係性が構築され、先人の想いやそのノウハウを用いるための心構えも受け継がれていきます。

このように特定関係での伝承は、形式知よりはむしろ、関係性の中でしか伝えにくい技能といった暗黙知の伝達に適しています。一方、特定関係での伝承は、特定の関係性を持つ人同士という狭い範囲でしかノウハウを伝達できず、また一定の経験の積み重ねを必要とするため、ノウハウを社会に広く早く伝達するには向いていません。

 

私は20年以上、特許を専門とする知的財産専門職として仕事をしてきましたが、日本の文化風土は無意識のうちに「特定関係での伝承」を好む一方、ノウハウを形式知化して広く早く社会のいろいろな人に利用してもらうことで社会に広く普及させることは欧米ほどうまくないと感じています。

私は特許などの知的財産権を振りかざすことがいいとは思っていませんが、戦後の経済成長を支えてきた終身雇用が揺らぎ、「所属会社」という特定関係の中でのノウハウ伝承が衰退する一方で知的財産制度を理解する人は少なく、苦労して獲得されたノウハウなどの知的な創作が大切に扱われないことは残念だと思っています。

 

「人が集まる場づくりプロ」とお話する前々日、素敵なオブジェを創作される造形作家の方から著作権の相談を頂き、著作権制度についてお話させていただく機会がありました。その作家さんには、「著作物とは何か」という話から「なぜ、著作権制度が必要か」「著作権制度は何のためにあるのか」というお話をしました。お話する中で、著作権制度も特許制度も本質は同じ(創作を尊重しつつ、創作を社会全体で共有する)なのに、そうした本質って、知財専門職はちゃんと伝えられてないな~と痛感しました。

 

知財制度が目的とする「創作を尊重して『正しく真似』て『無駄な試行錯誤』『いい加減な真似』『ズルい二番煎じ』を減らすこと」は、知財制度じゃなくて、「特定関係での伝承」でやってもいい。「特定関係での伝承」ってその方法が体系化的に整理されてるわけでもないし、その方法をガイドする専門家なんて聞いたこともない。でも、知的財産専門職というからには、「特定関係での伝承」なんていう日本的な知財保護策の勉強も必要かな、なんて思った秋の一日。