緊急事態宣言と新事業創造;2020年4月8日

新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言発令初日。

私は一昨日、大阪のある地域の中小企業の新人研修の講師をしていました。集合研修。

その1週間前の3月末、新型コロナウイルスの感染拡大が危機的状況を迎えているとの情報を受け、新人研修のオンライン実施を提案しました。ところが返ってきた答えは「wifiがないため、オンラインは無理」。

中小企業に限らず、結構な大手企業でも在宅勤務ができる環境が構築できていないという企業もあるようで、緊急事態宣言発令後も職場に通うオフィスワーカーも少なくない模様。3月初めから学校は休校になり、3月末にはちょっと調べればさらに強い感染拡大防止措置が必要な局面に入っていることは予想できただろうに、、、。

 

話は少し変わるのですが、私は20年来、特許専門職として新事業創造に携わってきました。仕事というのは、多くは、現に今、求められている商品やサービスを提供すること、つまり「今の需要に応えること」です。が、新事業創造という仕事は、今、求められている商品やサービスとは違う商品やサービスを提供する方策を見つけ出すことです。「今、求められている商品やサービスとは違う商品やサービス」というのは、今、求められている商品やサービスの不具合を修正、改善したものの場合もあります。けれども、モノが溢れ、価値観が変化している今の日本や先進国で求められているのは、「今、求められている商品やサービスとは軸・コンセプトが全く異なる商品・サービス」、要は”イノベーティブ”と評される商品やサービスです。

 

私はイノベーションの創出が求められる仕事に従事してきたため、今の社会の”地下”に胎動している「今とは違う、けれど、多くの人が心のどこかで求めている価値」を見出そうとする癖がついています。つまり「今の需要」「今の社会」「今の価値観」とは全く異なる価値、10年後や20年後に求められるであろう価値を探す。それは、これまでの社会の価値観で提供されてきた価値とは”別”の価値だったりします。

2016年から本格化した働き方改革、そしてこのコロナ禍で脚光を浴びるようになった「リモートワーク」「時間と場所の制約がない働き方」。こうした働き方は共働きが当たり前、ITを使いこなす若い世代に広まっている働き方で、彼らの価値観は、今までの働き方を是としてきた中高年の価値観とは同じではありません。

 

イノベーションというのは、またはレジリエンスのある社会、あるいは「多様な社会」というのは、「今の当たり前の働き方」とは「別の働き方」を用意しておくように、「今の価値観」とは”別の価値観”を用意しておくこと、”別”の価値観をちゃんと内包しておくことからできていくのではないかと思います。

けれども実際には、この20年余り日本社会は”今の需要”に応えてお金を稼ぐことばかりを優先し、”別”の価値観で動く社会を構築することに注意を払ってこなかった。「今の需要」の地下にうごめく「別の価値観」を語っても、返ってくるのは「1年後、どんな成果が出るの?3年後、どうなってるの?パラダイムが代わってるってのはそうかもしれないけど、じゃあ、そのために何やるか、抽象的すぎてわかんないよ」という反応。私は何度もこういう反応にがっかりしてきました。「別の価値観」を探し求める者は時として「別の価値観」を「今の需要」とどうつなげればよいか分からず、「今の需要」を知る人の協力が欲しかったりするのです。

 

最近、私は「今の需要」で生きている人に「別の価値観」をわかってもらう努力が足りなかったと思うようになっています。今の需要に応えればその対価が支払われます。でも世界最高級の品質が当たり前の昨今の日本社会では、対価を得るだけの商品・品質を提供するプレッシャーが「今の需要」に応える多くの人を苦しめている。それもわかるようになってきました。「今の需要」に応える苦しさを抱えている人は、「今の需要」とは別の価値観、それに応えるイノベーティブな商品やサービスを探す人を手伝う余裕はないだろう。

 

けれどもやっぱり、”別”の価値観で動く経済活動、社会を用意しておくことは、「今の需要」「今の当たり前」が変わってしまう場合に備えて必要なんだ。「今の需要」「今の当たり前」の横に「別の需要」「別の当たり前」を備えておく。その「備え」は、地震、台風、感染症など、予測不可能な災害が頻発する今、そしてこれからは絶対に必要。

 

私は今、コロナ禍の船出となったS社の資金繰りで頭がいっぱいです。

S社はこれまでの、そして今の社会、世界を席巻してる価値観とは「別の価値観」で動く経済活動、社会を構築しようとしています。コロナ禍が「今の需要」を凍らせているまさに今、「別の価値観」で動く産業エコシステムを構築したい。その訴えは、どのくらいの「今の需要」で動いてきた企業、人に届くのか。それは多分に、私が「別の価値観」をわかってもらう努力をどこまでできるかにかかっているのだろう。